大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館家庭裁判所 昭和43年(家)12号 審判

申立人 山下清子(仮名)

相手方 林田力造(仮名)

事件本人 林田友一(仮名) 昭三九・一二・一九生

主文

事件本人の親権者を相手方より申立人に変更する。

相手方は申立人に対し、事件本人を引渡せ。

理由

第一申立の趣旨

主文第一項と同じ。

第二当裁判所の判断

札幌家庭裁判所に対する調査嘱託の結果および当裁判所調査官の調査結果ならびに戸籍謄本住民票等本件記録中の各資料を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  申立人と相手方とは昭和三九年二月七日婚姻届を了し、以後昭和四二年九月に別居するまでの間共同生活をつづけその間に事件本人が出生した。

(二)  右別居直後より離婚問題が進展し同年九月二一日事件本人の親権者を相手方と定めて協議離婚届出がなされた。

(三)  相手方は上記別居以降亀田郡○○○村字○町の姉の嫁ぎ先宮本武方に住み、事件本人は両親の別居以降浜益郡○○村に住む相手方の長兄林田真治夫妻方に預けられる同月三〇日頃までの間、申立人方と前記宮本方寄宿の相手方との間を往復したが、その身柄主導力は相手方にあつた。

(四)  事件本人が同年一〇月一日以降○○で養育された理由は、宮本武夫妻が漁業従事に多忙のため事件本人の世話が不能となり一時的に預るということであつたが、以後安定的措置は何ら講じられることなく、昭和四三年二月二〇日頃林田真治の妻が長期加療を要する病気で手が廻らなくなつたことを理由に事件本人は前出宮本武方の相手方の許へ戻された。なお右真治方には相手方の実母ウタ(七八歳)も同居している。

(五)  相手方は○○○近辺で大工として稼働しており、したがつて前記二月二〇日頃以降事件本人の身辺の世話は相手方の姉宮本タミ子が主として担当している。

(六)  申立人と相手方との経済力ないし生活力をみると、何れも資産は有せず、収入は申立人が国民宿舎○○荘住込女中として月約一万二、〇〇〇円、相手方は大工として月平均五万円であつて相手方が現在の名目額において格段に勝るものの、申立人は養母(明治四三年一〇月生)が改造中の産院が完成次第その仕事を手伝う予定となつていて収入は若干増加する見込みであり、かつ事件本人の養育源としては相手方は同人のみであることに比し、申立人は助産婦兼生命保険外交員たるその養母の分と併せ得る利点があり、収入実質額においては前出名目額ほどの開きはない。また住居の安定度は寄宿中の相手方よりその養母の持家に住みうる申立人の方が若干優つている。

(七)  事件本人に対する愛情関心度に両者の差はみられない。相手方が養育費出捐を惧れて子供を引取つたとの心証は形成できず、逆に申立人が子供を手離す意思が強かつたために親権者を相手方に譲つたとみるのを相当とする事情も窺えない。

(八)  両者側の経済状態および愛情にさほどの差異を認めえないこと上記(六)(七)で示したとおりであるから、事件本人の親権者適性は子供しかも三歳四ヵ月という幼児にとつての養育環境という一点に絞られてくる。相手方は離婚届以降事件本人をその責任において養育しているとは一応いいうるものの、事件本人の日常世話の大部分については○○においては兄真治夫妻と実母、○○○においては姉の宮本夫妻の好意にすがつているものであり、このことは相手方自身が大工として稼働しなければならないことよりやむをえないとはいえ、未だ若年の事件本人にとつて好ましい状態ではなく、かつこの種恩情に甘えうるということは、真治方宮本方の或いは病身であり或いは子供が五人もあるという各家庭事情および助力意思よりいつまでも期待する訳にはゆかず、現在の暫定的小安定生活は仮の姿とみざるをえず、殊に精神的発達の最重要期である事件本人がいわば他人の家にあることは疎外感愛情飢餓感を深めその性格形成に歪みをもたらされること必至である。相手方は○○へ帰り実母を伴つて事件本人との三人暮しに踏み切り養育を実母に委ねたい意向のようであるが長兄真治は実母をその家から出して幼児の世話役にさせることを強く反対し、しかも同女は七八歳の老齢かつ丈夫な身でもなく相手方の意向を実現することは極めて困難である。これに対し、申立人側は養母との協力態勢も充分であり、かつ女親として幼児の身辺世話を果しうる意思および能力もあり、かつ仕事の内容からしてその時間的余裕は充分見込まれ、また相手方にあつては出稼ぎ大工仕事等が多いのに対比して生活の不安定さはなく、事件本人との生活体験を恒常的に密着してなしうる蓋然性は高い。その他申立人において幼児たる事件本人の生活全面に対する指導や統制に欠ける点はみあたらず、同人の養育費を相手方に請求する意思がないことも表明している。

以上の諸事情就中事件本人の年齢、同人の受容れ環境、更に幼児期より少年期にかけては母親の果す役割が極めて大きいという経験則を覆えすに足る状況がないことを総合勘案すれば、事件本人の親権者を相手方より申立人に変更するのを相当とすべく、また現に事件本人が相手方の手許にあること明白であるので、家事審判規則七二条一項五三条によりこれの引渡を命ずべく、よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 今枝孟)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例